医療の説明で用いられる数字

医療の説明で用いられる数字について思うこと

医師から病気に対する説明を受けたとき、患者として引っ掛かるのは、数字やパーセンテージを用いて説明されたときです。
たとえば、ガンになった患者が5年生存率を告知されたとき、患者はどういう気持ちでそれを受け止めれば良いのでしょうか?

 

患者にとっては、パーセンテージが高かろうが低かろうが、そのとき生きているのかどうかが気になるわけで、中途半端な数字を出されても困惑してしまうばかりです。
また、病気の再発率についても同じことが言えます。再発率20%でも再発することもあれば、80%でも再発しないことがあるのが人間の体です。

 

ですから、そうして数字で出されたとしても、イマイチ患者はピンときません。
医療においてはこの治療をすれば生存率を上げることができる、または再発率を下げることができる、というとらえ方をしますが、そこで出された数字にどこまで信憑性があるのか、患者としては判断することができないのです。

 

ですから、それを考えると、医療について説明をするときに、医師はあまりあいまいな数字で説明をしないほうが良いと私は思っています。
そういうデータが医学的に見て当たり前に出ているからそうしているのかもしれませんが、患者にとっては自分の健康状態がどうなっていくのか?
ということを、ハッキリと知りたいのです。

 

薬を使ったときの治療効果もそうで、治るか?治らないか?病気に対して効果があるのか?ないのか?の2択で説明してくれたほうがよっぽどありがたいです。
そうすれば、患者が何か治療方針について判断するときも迷いがありませんし、深く考え込んでしまう可能性を回避することができます。

 

数字というのは極めてデジタルなものですから、そこに人の気持ちがかよったあたたかみというのがなく、とても残酷に聞こえてしまうことがあります。
それだと、患者に対して心理的負担を強いることになりますし、余計に気分を盛り下げてしまいかねないのです。

 

そういう数字で説明されることを望む患者ならばそれでかまいませんが、そうでない患者のほうが多いと思いますので、
医療現場ではそのことをしっかりと配慮して欲しいです。

ある日突然、手のひらに強烈な痒みが出るようになってしまいました。ちょうど外食でお寿司を食べて、帰りの運転中に強烈な痒みを感じたのです。
手が醤油などで汚れているせいかな?と思い、帰宅後に手を洗いましたが痒みが治まるどころか、皮膚が真っ赤になってしまいました。

 

もしかしたら、青魚か蟹や海老の甲殻類に反応してしまったのかな?と思いました。
これまで一度もこういうことはなかったので、驚きましたが、食べ物が原因なら、そのうち落ち着くだろうと痒みを我慢しながら様子をみていました。

 

ところが、日を追うごとにつれて、手首の内側やひじの内側などにも強烈な痒みが出るようになりました。
しかも痒くなるのは、朝と晩、布団の中にいる時が多かったです。

 

もともとは、生の魚介類が原因だと思っていたのですが、何日も痒みが治まらないことから、「もしかしたら、他に原因があるのかな?」と不安にもなりました。
布団用の掃除機を買ってダニ退治などもしてみたのですが、全然症状が治まらないので、とうとう皮膚科を受診することにしました。

 

私は、痒みが出ても、発疹が殆ど出ないので、先生はとても診断に悩んだようでした。
それでもおそらく蕁麻疹の一種だろうといわれました。先生曰く、蕁麻疹というのは、原因がはっきり分からないことが多いそうです。

 

それでも血液検査では全て正常値だったので、大きな病気が隠れている可能性は、殆どないだろうといわれました。
先生からは、アレグラ錠60mgを処方されました。

 

アレグラ錠は、アレルギー性鼻炎や花粉症などに用いられる薬だそうですが、蕁麻疹にも効果があるとのことでした。
私が仕事でよく車を運転することがあるため、副作用で眠気がおきにくい薬を処方してくれたのです。

 

結局、痒みの原因は分からずじまいなのですが、私はこのアレグラ錠を半年ほど飲み続けて、痒みが治まりました。
アレルギーの薬は眠くなるものが多い中で、仕事に支障が出ないような薬を処方してくれた先生にはとても感謝しています。

 

お陰で服用をやめた後も全く痒みが出ていません。
その後、大好きなお寿司やお刺身などを食べても体が痒くなることないので、多分、完治したのではないか?と思っています。

30代半ばで治療のために使った婦人科の薬リューブリンは、今でも印象に残っています。
それは、病気の改善を図るために脳を一時的にだますような効果のあるものでした。

 

私は子宮内膜腺筋症という病気です。
子宮の内膜がどんどん増殖していって大量出血を起こすことがありました。

 

ある時は、ヘモグロビン値が5.7まで減り貧血がひどくなりました。
貧血がひどいと日常生活を送るのもとても大変に感じまます。

 

すぐに息切れがして買い物をするにも途中で座って休憩を入れないと続かないほどでした。
階段を上がるのはさらにきつく、手すりをつかんでハーハーしてました。

 

回りの人たちを見ると、私と同年代の人やずっと年齢が上の人が元気に歩いて買い物をしている姿を見て
「みんな、どうしてあんなに元気なんだろう」と思ったものです。

 

貧血がひどい時の私は、午前中動いたら午後からは動くのがとてもきつく、お昼から夕方まで寝るという日が続きました。
そのように午後ずっと寝ていても、夕食を作って食べた後、夜はまたすぐに寝てしまうという状態でした。

 

そのような過多月経による貧血が2〜3年ごとに起きました。
貧血が治ってもまた貧血になる状態です。

 

十代の時から過多月経に悩まされてきていましたが、ある時に婦人科の先生がちゃんと調べるために検査入院をすることをすすめてくれました。
子宮の内膜の組織をとって調べに出した結果、「見た目は癌そっくりだ、でも癌ではない」と医者は言いました。

 

子宮内膜が分厚くなって線維が複雑に絡まっているようです。
以前は他の婦人科で、病名を子宮内膜増殖症と診断されましたが、今回の病院では子宮内膜腺筋症との診断でした。

 

先生は、私が30代半ばであることで子宮を摘出することではなく、薬で増殖する内膜を抑制するという治療を施すことにしたのです。
それで使うのがリューブリンという薬で約1ヶ月に1度注射するというものです。

 

先生の話によると、この薬は脳が閉経したと思わせて女性ホルモンの分泌を止めるということでした。
いわば脳を一時的にだますようなことですね。

 

女性ホルモンの分泌が止まるので子宮内膜も活発にならなくなり増殖しなくなります。
そして、分厚くなっていた子宮内膜も小さくなっていきました。

 

この薬のおかげで病気は改善されましたが、副作用と思われる症状でつらい時期を過ごしました。
肌に潤いがなくなり、膝の関節も痛くなりました。

 

何だか急に年取った感じでした。
リューブリンの薬は、5か月続けてから、その後、再び女性ホルモンの分泌を促す薬が処方されました。

 

その薬を飲んでいくうちに徐々に肌も良くなり体調も良くなっていきました。
自分の今までの人生の中で、リューブリンはとても印象に残る薬です。

たとえ医療の専門家ではない一般の人でも、医療についてなるべく正しく理解することはとても大事なことです。
患者が間違った医療の知識を有していると、医師としてはその誤解を解くのに時間がかかってしまい、下手をすると軋轢が生まれてしまいます。

 

ですから、患者が自分の健康について真剣に考えるならば、なるべく正しい医療の知識を少しでも蓄えておくことが重要です。
一般人にとってインパクトの強い健康に関する情報と言えば、有名人が記した闘病記や、テレビでのコメントが挙げられます。

 

自分が少しでも知っている人の闘病記やコメントはかなり色濃く自分の中に印象として残ります。
ただ、そうした類の情報が必ずしも医療の正確性を表現しているかと言えば、そうではない場合もあるので注意が必要です。

 

患者の視点から思ったことや感じたことというのは、多分に主観が含まれてしまいます。
また、医療の正確性というのは、いくつも臨床例があって初めて証明されることですから、たとえ一例の成功例があったとしても、それを正しい医療行為だと安易に判断することはできません。

 

しかし、闘病記やテレビでのコメントで自分が受けた医療行為について書けば、それで治療がうまくいったときあたかも効果がある医療行為だった
という印象を植え付けます。

 

そうした医療行為があるということを広く知らしめることはとても大きな役割と効果がありますが、
それを必要以上に煽ることは、世間一般に対して間違った印象を与えかねないのです。

 

ですから、有名人が闘病記を書いたり、テレビでコメントをするときは、くれぐれも誇大表現にならないように注意しなければならないのです。
そして、それはもちろん薬についても同様です。たとえば「この薬を飲んだから治った」「良くなった」「楽になった」ということは、
安易に表記してはいけないのです。

 

世の中にはまだまだ広く知られていない病気があるので、それを世の中に有名人が広く伝えるということはとても有意義ですが、
勢い余っていろいろと医療について断言してしまうのは勇み足になります。

 

また、一般の人も闘病記やテレビでのコメントをすべて真実だと鵜呑みにしてはいけないのです。

高齢者が年々増加している日本は、もっと医療や福祉従事者の質を高めるべきではないかと思う様な事柄に遭遇しました。
ある病院を受診した、80歳になる私の祖母の友人が、外科の医者から「指が曲がっているのは、歳のせいだ!」と暴言を言われたそうなのです。

 

そういった事が年齢のせいである事が事実であっても、言い方がある筈なのでそういった教育を医学部ではしないのだろうと思います。
そしてその友人は、相当頭に来たらしく「リハビリの理学療法士の担当者に如何に自分が不条理な目に遭ったか!」という事を言ったそうです。

 

この医者は、最も重視すべき患者の精神的な尊厳を無視していると言われても仕方ないでしょう。
医者は、周りの看護師や患者さん達から「慕われる立場」にあり、下手をすれば傲慢になり、
人の痛みや気持ちを理解する能力が欠けた人間になっていく人も多いのです。

 

皆にあれこれと指図をすると「自分が正しい」とか「自分の言う通りにしないから病気が悪化するのだ」等といった「極めて自己中心的な偏った考えを持った人間」になっている医者も私の周囲にはちらほらいます。
そこで、自分をいかに偏らない様にコントロール出来るかにより、医者自身の質が分かれるのです。

 

私の知人が酷い医者に遭った体験談を話してくれました。患者に向かって最初からため口で話す常識知らずな医者だったのだそうです。
そして、患者である知人は、そういった態度はおかしいのではないかと問うと一応自分の非を認めるものの、カルテの病歴に有り得ないであろう沢山の病名を書いていたのだそうです。

 

後に別の医者に変わった時に、「沢山病気を持っておられる様ですが?」と訊かれ「自分は2つ位の筈ですが。」と答えてカルテを少し覗き込んだら、それはそれは10個以上は病名が増やされて書かれてあって「こういった行為をする医者を許す事は到底出来ない!」と、非常に憤慨していました。

 

健康になるどころか、勝手に病気を増やされているのは異常です。
しかし、薬局の薬剤師の人は良心的で薬の説明が丁寧だし、普通に接してくれるから歪んだ医者ばかりではないと考える様にしたいと言っていました。